169系急行「信州」

きゃみ

今回の"懐かしの上野駅"は上野と長野を結んでいた急行「信州」の紹介です。

80年代中頃。上野駅6番線、「急行」表示の169系電車。306Mは「信州6号」と思われます。
SL002_0015_急行(信州?)_R

以下、Wikipediaから「信州」部分の抜粋です。

1963年(昭和38年)10月1日:碓氷峠区間粘着方式が複線運転化。アプト式完全廃止に伴い以下の変更を実施。
 上野 - 長野間で165系電車による急行「信州」4往復運転開始。なおうち1往復は「とがくし」からの統合で、「とがくし」の愛称は同区間の夜行列車に転用。
1968年(昭和43年)10月1日:ダイヤ改正で以下の変更を実施。
 「高原」「志賀」「丸池」を「信州」に統合し7往復運転。
 「信州」「妙高」用の165系電車はEF63形との協調運転が可能な169系電車に置換えを実施。ビュフェ車連結の12両編成に増強。
1969年(昭和44年)10月1日:ダイヤ改正で以下の変更を実施。
 「信州」長野電鉄直通編成を「志賀」に改称。上野 - 屋代間は「信州」と併結運転。
 「信州」2往復を妙高高原発着に運転区間を延長した上で「妙高」に統合。「信州」5往復「妙高」6往復運転。
1976年(昭和51年)12月1日:「信州」「妙高」のビュフェ車が営業休止
1985年(昭和60年)3月14日:ダイヤ改正で以下の変更を実施。
 「信州」「軽井沢」を廃止し「あさま」に格上げ。「あさま」15往復運転。

横軽を走っていた「信州」。これを見ると横軽のアプト式が廃止され、粘着方式になるとともに誕生。東北・上越新幹線の上野駅乗り入れによって消えたことになります。上の画像は最晩年の頃だったようです。

軽井沢から先は快速だったんですね。当時の編成は11両でうち1~2号車が指定席、3~4号車がグリーン車だったようです。
SL007_0009_急行信州_R

「信州」が廃止されたのは1985年3月の事ですが、この時に夜行急行「妙高」が14系から169系に置き換わったそうです。「信州」廃止で余った車両でしょうかね?
SL006_0001_急行妙高_R

しかし、同年11月にはすぐ189系に置き換えられています。これによって信越本線から169系の急行が消えたことになります。

鉄道コム
にほんブログ村 鉄道ブログ 駅・駅舎へ

Comments 4

There are no comments yet.
松理  

 中央本線では165系による急行「アルプス」がグリーン車2両・食堂車連結で運転されていて,まさに急行の全盛という感じの時代です。
 私もそうした晩年に松本~名古屋の急行「きそ」に乗りました。

2021/05/16 (Sun) 18:13 | EDIT | REPLY |   
きゃみ
きゃみ  
新宿発の夜行

松理さん、こんばんは。
食堂車も連結していたんですか!食堂車で食事するのが憧れでしたね~。
「アルプス」といえば新宿発の夜行急行というイメージが強いですが、私の新宿発夜行の記憶としては・・・酒に酔って記憶を無くして、家に帰るつもりが夜行に乗って甲府まで行ってしまったことですかね~><

2021/05/16 (Sun) 22:07 | EDIT | REPLY |   
たかはし  
信州

昭和39年(1964年)10月の時刻表によりますと、「急行信州号」は、上下各4本(1号~4号)がありますね。同様の区間を走る他の列車は、「急行志賀1~2号」「急行妙高」「準急高原1~2号」「準急軽井沢1~2号」。
その他「急行とがくし」「急行丸池」。
こんな時代に乗ってみたかったなと思います。
変わり種は「準急すわ」長野発長野行き。篠ノ井から中央本線を走り、小渕沢から小海線小諸へ。
昭和63年(1988年)10月の時刻表では、昼行の準急、急行は全て「特急あさま」になっているようです。かろうじて、夜行急行の「妙高」、臨時の「信州81号」が残っていました。

2021/05/17 (Mon) 19:53 | EDIT | REPLY |   
きゃみ
きゃみ  
横軽の優等列車

たかはしさん、こんばんは。
急行にもビュッフェがあるような時代に私も乗車してみたかったです。「準急すわ」なども面白そうですね。
手元にある一番古い時刻表は85年3月改正のものですが、確認すると昼間は「あさま」一色です。たまに「白山」や「そよかぜ」。夜の横軽は「能登」、「越前」、「妙高」、「戸狩スキー」、そして臨時ながらも「信州51号」もいました。

2021/05/17 (Mon) 23:06 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply