南九州駅巡り20冬(27) 肥薩おれんじ鉄道線 出水駅 ~八代に向けて北上~

きゃみ

薩摩大川駅をから再び上り列車に乗車しました。

列車は阿久根駅を越えるとしばらく海岸沿いを走りますが、次の折口駅手前辺りから進路を東にとって内陸部に向かいます。
内陸部をしばらく走って西出水駅に到着。
1面2線の有人駅で学生の利用が多いことから、当駅終着の列車も設定されているという駅です。
P1160017_西出水_R

その後は米ノ津川を渡って北に向きを変えるとすぐに出水駅に到着です。
1番線の到着。この駅では列車交換のため8分ほど停車がありました。もちろん途中下車~
P1160018_出水_R P1160023_出水_R

出水駅は鶴の渡来地として知られる鹿児島県出水市の中心駅で、肥薩おれんじ鉄道の拠点駅の一つです。乗り入れ路線は九州新幹線と肥薩おれんじ鉄道線の2路線。

肥薩おれんじ鉄道の駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計2面3線。ホーム間は阿久根方の跨線橋で連絡しており、駅舎は単式1番ホームの西側に面しています。

1番ホーム阿久根方から
右に見える建物が九州新幹線の駅で、奥の跨線橋は東西自由通路です。島式2,3番ホームからは直接自由通路に上がることができるようです。島式ホームには鶴のオブジェがあるらしいのですが気づかなんだ・・・
P1160026_出水_R

阿久根方面を望むといくつもの車両が留置されていました。肥薩おれんじ鉄道の車両基地です。
国鉄時代は機関区が置かれ、広大な貨物ヤードがあったそうです。現在の新幹線の駅やこの車両基地は、その跡地を利用しているとのこと
P1160025_出水_R

改札口は1番ホームに面しています。窓口もあり駅員さんもいました。
改札口越しにくまモンが顔を覗かせてるのが何とも...(笑)
P1160020_出水_R

西口駅舎外観
開業は1923(大正12)年10月。駅舎は1951(昭和26)年4月築の国鉄時代からのもの・・・と思っていましたが、現在の駅舎は左の小さい建物で、2004年4月に肥薩おれんじ鉄道の駅舎として建てられたそうです。国鉄時代からのものは右側にあるコンクリート造り2階建ての「元」駅舎。知っていたらちゃんと撮ったのですが・・・。
P1160021_出水_R

お隣にはJRの新幹線駅へ向かう西口もあります。先ほどの自由通路ですね。時間がなくて行けませんでしたが、この通路を東に行くと元々駅裏だったところに新幹線型の立派な東口駅舎があります。
P1160022_出水_R

もうちょっと観察したかったところがありましたが、列車の出発時間が迫ってきました。列車に飛び乗ります。3番線に川内方面の下り列車が到着後に出発です。

列車は更に北上、県境を越えて熊本県に入ります。しばらく走って水俣駅に到着です。
熊本県水俣市の代表駅ですが、残念ながら新幹線の停車駅にはなれず、お隣にあった信号場を駅に昇格させた新水俣駅が停車駅となりました。水俣というと、どうしても学校で教わった「水俣病」をイメージしてしまいます・・・
P1160027_水俣_R

さらに進んで佐敷駅に停車。熊本県葦北郡芦北町の中心駅。開業当時からの木造駅舎の残る駅で、下車してみたい駅の一つです。駅名標とクリスマスツリーがいいですね~。1月ですけどね・・・(笑)
P1160028_佐敷_R

こちらは次の海浦駅から八代海の眺め。
しばらく内陸部を走ってきましたが、この辺りからまた海が近くなります。
P1160029_海浦_R

御立岬が近いたのうら御立岬公園駅の辺りでトンネルに入ります。このトンネルを抜けると・・・車窓にパッと海が広がりました。向こうに見えるは天草でしょうか。この辺りの車窓は素晴らしかったです。
P1160031_たのうら御立岬公園~上田浦_R

列車は肥後高田駅に到着。ここで学生がどっと乗車してきました。八代の街に入ってきた感があります。
薩摩大川駅で乗車してから約2時間、列車は次の八代駅に到着です。

行程:薩摩大川(6136D新八代行)出水(同左)八代

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Comments 6

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Koganeturbo  

こんにちは。
小学生の頃ですが、鹿児島本線を利用した時に水俣の通過を友達に喜ばしくないように言ったのを覚えています。
今となっては恥ずかしい事をしたと反省ですが、それだけ教わった水俣病のインパクトが強かったのでしょうね。

2020/05/21 (Thu) 22:11 | EDIT | REPLY |   
きゃみ
きゃみ  
To Koganeturboさん

Koganeturboさん、こんばんは。
中学校の社会科の教科書だったでしょうか? 公害病の話があったのを覚えています。他にはイタイイタイ病や川崎ぜんそく・・・。毛色は違いますが、足尾銅山の鉱毒も記憶にあります。田中正造が天皇に直訴した話がありました。
ずっと昔に教わった話ですが、結構覚えているものです(微)

2020/05/22 (Fri) 00:25 | EDIT | REPLY |   
太平洋  

八代に住んでます
まだこちらにおられますか?

2020/05/22 (Fri) 04:03 | EDIT | REPLY |   
きゃみ
きゃみ  
To 太平洋さん

太平洋さん、こんにちは。
今回の南九州汽車旅は今年の正月に出かけてきました。
今はまだ緊急事態宣言で東京から出られません。早く落ち着いて、旅がしたいものです。

2020/05/22 (Fri) 14:07 | EDIT | REPLY |   
助廣急行  

車両基地にくまもんラッピングというか、くまもんそのもの!みたいな車両が停まっていますね。(笑)
 おれんじ鉄道の車両は、窓上の4灯ライトというデザインがとてもかっこいいですね。私は4灯ライトの車両が好きで。。。185系や西武5000系レッドアロー等。
 窓上の4灯ライトの車両ってなかなかないですよね。

 水俣病やイタイイタイ病の教務は、子供ながらにショッキングな内容なので、記憶に残っていますよねぇ。私が子供の頃も、これらの病名をネタにした心ないイジリを同級生にしたのを思い出しました。今頃の子供たちはどのように習うのでしょうかね。。。

2020/05/23 (Sat) 02:00 | EDIT | REPLY |   
きゃみ
きゃみ  
To 助廣急行さん

助廣急行さん、こんばんは。
左奥の黒い車両がそうですね。くまモンラッピング車は3両あるようです。私が乗車したのが1号。前面がくまモン顔の黒いのは3号だそうです。
おれんじ鉄道の車両はよく見かける顔なのであまり気にしてませんでしたが、確かに4灯ありますね。昔、池袋駅でよくみかけたレッドアローは確かに4灯(6灯だったかな?)のイメージが記憶に残っています。そして185系もイメージ強いです。どちらも深く印象に残る車両です。

水俣病やイタイイタイ病のような公害病は、それほど遠くない過去の話として私も強く記憶に残っています。今となっては、もうずっと昔の話なので「日本史」の一部として習うのでしょうかね・・・。

2020/05/23 (Sat) 18:00 | EDIT | REPLY |   

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