南九州駅巡り20冬(8) 大隅線 鹿屋駅跡 ~鉄道記念館と航空基地史料館~

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志布志駅前バス停から鹿児島交通バスの垂水方面行きに乗車しました。バスは国道448号をしばらく走ると220号に入ります。途中、道の駅に立ち寄ったり、国道を外れて東串良の市街地に寄ったりしながら、走ること約1時間で鹿屋バス停に到着。ここで下車します。後払いで790円也。鹿屋バス停の周辺は鹿屋市一番の市街地のようでした。屋内にある待合室やバス案内所もあり、鹿児島中央駅や鹿児島空港に向かうバスも発着しています。まず...

1988年春 下津井電鉄 (児島駅~鷲羽山駅) ~ナローの小さな電車と開業間近の瀬戸大橋~

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前回下津井電鉄の話を少ししましたが、今回は訪問した時の様子を・・・30年以上の話。瀬戸大橋開業直前で宇高連絡船のお名残乗船が目的の旅で、児島まで足を延ばして下津井電鉄に立ち寄りました。下津井電鉄線は半島の先っぽの児島~下津井間を走るナローゲージの路線でした。下津井電鉄児島駅 (1988/3/28撮影)当時は下津井電鉄線の起点駅で、JRの児島駅からは少し離れた位置にありました。古い駅舎をイメージしていましたが、ア...

西武の孤立路線と下河原線(3) 南武線 南多摩駅から下河原線廃線跡を通って東京競馬場前駅跡へ

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是政駅からお散歩がてら近くの駅まで徒歩で向かいます。候補は以下の3つ。・駅から多摩川を渡って南、是政から一番近い位置にある南武線の南多摩駅・駅から北にある競馬場方面の南武線・武蔵野線の府中本町駅か京王の府中競馬正門前駅・駅から多摩川沿いに西へ行って京王の中河原駅この3つを組み合わせて歩くことにしました。まずは府中街道を南へ向かいます。駅の南側にある多摩川を是政橋で渡ります。橋を渡り切るまえに駅が見え...

北海道完乗の旅19夏(58) 石勝線 楓信号場 ~石勝樹海ロードを歩いてかつての駅跡へ~

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新夕張駅を出発して向かうは楓駅跡。楓駅は前回少しお話した夕張線登川支線の唯一の中間駅でしたが、1981(昭和56)年7月に支線廃止とともに廃駅となりました。その3か月後の石勝線開業時に、その代替として石勝線上に新たに楓駅が開業します。当時は新夕張方面から普通列車が当駅で折り返すという実質終着駅のような運行形態でしたが、利用者減少で末期は1日1往復、しかも日曜運休という状況となり、2004(平成16)年3月に旅客扱いが...

北海道駅巡り86冬 標津線 (計根別駅・根室標津駅・中標津駅)

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今回ははるか昔、学生時代に訪問した標津線の駅の様子を・・・前日に根室警察署で一夜を明かした後、根室駅始発の釧路行きに乗車して厚床駅で下車しました。ここで標津線に乗り換えです。当時の標津線は、標茶~中標津~根室標津の本線と中標津~厚床の支線とがありました。まずは厚床から支線のほうに乗車です。本数は1日わずか4往復・・・その始発に乗車しました。単行の車内は学生で満席だった記憶があります。列車は何もない平原の真...

北海道駅巡り86冬 士幌線 木野駅 ~士幌線にひと駅だけ乗車~

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86年冬の駅巡り、愛国駅から広尾線を折り返して帯広駅に戻ってきました。帯広駅の駅舎の様子(1986/12/19撮影)1966(昭和41)年11月築の3代目駅舎だそうです。いかにも地方都市のターミナル駅といった雰囲気がありました。この時の駅は現在のような高架化はまだされておらず、南に広尾線、北に士幌線というローカル線が分岐していた交通の要衝でした。高架化は1996(平成8)年11月のことで、同時に4代目の駅舎に生まれ変わっています。...

北海道駅巡り86冬 広尾線 愛国駅 ~愛の国から幸福へ その2~

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今年の夏の旅では広尾線の愛国駅跡には立ち寄ることはできませんでしたが、駅が現役の頃に一度だけ訪問した事がありました。今回はその時の様子を・・・。夜行の青函連絡船で函館に上陸した後は、ワイド周遊券を駆使して連絡船接続の特急「北斗」に乗車、札幌駅に向かいました。札幌で一息ついた後、まず目指したのが愛国駅でした。釧路行きの特急「おおぞら」で3時間かけて帯広へ。そこで広尾線に乗り換えました。16分ほどで愛国駅に到着...

北海道完乗の旅19夏(16) 広尾線 幸福駅跡 ~愛の国から幸福へ~

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広尾駅から帯広方面行きの十勝バスに乗車しました。バスは基本的に国道236号を北上していきます。旧広尾線をたどっていく感じですね。この辺りは平野で真っすぐな道が続きます。バス停がちょこちょこあって「野塚13線」、「野塚11線」・・・などといった名前のものが何もないところにずらっと並びます。地元の方でないと区別つかないですね、これ。バスは「忠類」という街に入ってきました。ここには待合所もあるバス停があって、運転手さん...

北海道完乗の旅19夏(15) 日勝線 広尾駅 ~かつての国鉄広尾線の終着駅~

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えりも岬に立ち寄った後は日勝線バスの広尾行きに乗車しました。今度は東海岸を北上します。まずはほぼ原野の中を走る襟裳公園線という道道を進んで行き、国道336号に合流すると庶野という街に入ります。庶野を抜けると、海岸線の断崖を連続トンネルで抜けていきます。「黄金道路」と呼ばれる道路で、天候不良でバスがよく運休するところだと様似観光センターのおばさんが言ってました。ただ、道は結構新しめの良い道路で、バスは一...

1984年夏 勝田線 筑前勝田駅 ~廃止間際の赤字路線終着駅~

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30年以上前に香椎線で宇美駅を訪問した際、勝田線の列車に乗り換えて終点の筑前勝田駅まで行ってきました。勝田線は1985(昭和60)年4月に廃止された国鉄路線です。かつては石炭の輸送で賑わっていたそうですが、炭田が閉鎖されて衰退していきました。その後、沿線はベッドタウンとして発展し人口は増加していたのですが、国鉄は1日6~7往復の状態のまま放置、その後廃止に至ったそうです。博多方面と直結するバスは頻繁に走っていた...

東北駅巡り85春 大畑線 大畑駅 ~本州最北端だった駅~

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大湊駅から大畑線列車に乗車しました。列車は一旦大湊線の下北駅まで進み、そこから大畑線に入り下北半島を北上します。当時の国鉄大畑線は第1次特定地方交通線として廃止が危ぶまれていました。廃止される前に訪れておきたいと思い、今回駅巡りの候補に挙げていました。結局、訪問した年の夏に下北交通に転換され、2001年4月に廃止されました。列車は1日7.5往復、途中で交換することはなく、行って帰ってくるだけのシンプルな運行...

北海道駅巡り86冬 名寄本線 興部駅

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紋別駅から名寄本線をオホーツク海沿岸に沿って北上すること30分ほどで興部駅に到着しました。ここで8分ほど停車です。興部と書いて「おこっぺ」と読みます。駅名の由来はアイヌ語で「オ・ウコッ・ペ」で川尻の合流点という意味なんだそうです。駅は紋別郡興部町に所在していました。駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計2面3線でした。かつてはここから雄武まで興浜南線が分岐していました。興浜南線は、天北線の浜頓別から...

北海道駅巡り86冬 名寄本線 紋別駅

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中湧別駅から名寄本線のキハ40単行に乗車して40分ほどで紋別駅に到着しました。ここで1時間ほどの乗り継ぎになります。紋別駅は北海道紋別市の代表駅。名寄本線の途中駅では唯一みどりの窓口も設置された名寄本線最大の駅です。駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計2面3線でホーム間は北側にある跨線橋で結ばれていました。ホームにはしっかりした上屋がありました。1971年改築のコンクリート造りの紋別駅舎。写真はボ...

北海道駅巡り86冬 名寄本線 中湧別駅

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常呂駅から湧網線を走ること約1時間半で列車の終点の中湧別駅に到着しました。中湧別駅は紋別郡上湧別町字中湧別中町に所在していた駅で、乗り入れ路線は名寄本線と湧網線、そして名寄本線の支線も分岐していた交通の要衝でした。駅構造は単式ホーム1面1線に島式ホーム1面2線の計2面3線。ホーム間は跨線橋で結ばれていました。当時の駅舎。写真は一部しか撮影できてませんが結構大きくて立派な駅舎でした。写真はこの一枚のみ・・・当...

北海道駅巡り86冬 湧網線 常呂駅

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網走駅から湧網線に乗車です。湧網線は中湧別~網走間を走行し、オホーツク海やサロマ湖などの沿岸を巡るローカル線で車窓が美しい路線として知られていました。当時は5往復に区間運転1本という運行状況でした。列車に揺られること約40分ほどで常呂駅に到着です。ここで列車交換のためしばらく停車しました。常呂駅は常呂郡常呂町字常呂の海沿いに所在していました。2~3月の流氷の時期には駅からも見られたとのことです。駅構造は...

1985年 常磐線 万博中央駅 ~エキスポドリーム号~

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1985年につくば科学万博が開催されましたが、その際に、1985年3月14から9月16日の短期間で万博中央駅が臨時駅として営業していました。(1985/7/16撮影)万博客を迎える鉄道の表玄関となるため、1日最大20万人の乗降者に対応できるよう設計され、この当時の名古屋駅、京都駅にも匹敵する規模がありました。西口は、シャトルバスが発着する6本のバースと白や黄色の巨大テントが張られた待合広場があり、東口は、連接バス「スーパーシャ...

北海道完乗の旅16夏(25) 石北本線 金華信号場

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石北本線の最後は今年春に廃止された金華駅を訪問しました。まずは生田原駅を出発する際ナビで金華駅をセット、まだ駅として認識してくれました。道路だと置戸国道を真っすぐ南下すればよいようです。一方線路は国道から離れてスイッチバック遺構を持つ常紋信号場を経由しながら山間を進みます。そして国道と線路が再び合流する地点に金華駅跡はありました。石北本線金華信号場駅舎は駅名板が取り外されていましたがまだ健在でした...

北海道完乗の旅16夏(18) 石北本線 下白滝信号場

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旧白滝駅跡からほぼ線路沿いに遠軽国道をしばらく進み、駅前と思われる道を右折すると下白滝駅跡に到着します。石北本線下白滝信号場駅名板が取り外されてしまった旧駅舎下白滝駅は駅構造が列車交換可能なためか旅客営業だけが廃止されて信号場となりました。旧駅舎は詰所として残されていると思われます。白滝方面を望む駅構造は千鳥状で完全にずれた相対式ホーム2面2線の構造です。駅名標は抜き取られています・・・ホーム間は構内...

北海道完乗の旅16夏(17) 石北本線 旧白滝駅跡

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白滝駅から更に遠軽国道を東進します。石北本線の線路はほぼ国道沿いに進んでいますが、旧白滝駅跡は車からも見える道沿いに突如現れました。停めづらい国道脇に車を停めて駅跡に向かいます。石北本線旧白滝駅跡(2016/6/21撮影)国道から直接、駅脇の踏切を通ってホームに向かいますが、そこには通行止めの柵があってホームには上がれないようになっていました。旧白滝駅・・・頭に「新」がつく駅名は全国にたくさんありますが、「旧」がつ...

北海道完乗の旅16夏(15) 石北本線 上白滝駅跡 ~解体された駅舎~

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上川駅を出発して上川層雲峡I.C.から再び旭川紋別自動車道に入り東に進みます。石北本線の上川~白滝間は距離にして37.3km、現在ではJR最長の駅間となりました。かつては上白滝駅以外にも天幕駅、中越駅、上越駅、奥白滝駅とずらっと駅が並んでいたそうですが、天幕は廃止され中越、上越、奥白滝は信号場となりました。せっかくならこれらの旧駅も訪問すればよかったとのちのち後悔・・・さてナビ通りに奥白滝I.C.で自動車道を降りて...